ANGER MANAGEMENT

仏教の本を読んでいたら、私たちは元々怒って悲しむ動物ですって書いてありました。そもそも、無常と言うのは日本では感慨深げに言っているけど、『毎回同じ事なんてありゃせんよ』って言う事だと言っていました。毎日細胞は入れ替わり、今が、「今」と言った瞬間に過去になる。つまり、常に同じ何て事は幻想であると書いていました。一秒後に何がどうなるかなんて分からないんだって。

 

でも、人間は、いつも同じ事/こう有るべき事が起こるって思っている。予想をする。この人はこういうだろうとか、この時はこう有るべきだろうとか、彼氏だったらこうとか、首相ならこうしろとか。

 

本来は、毎秒何が起こるか分からないのに、ある程度を予想して、それに反した事が起こると無常と言う真理を忘れて怒り始める。

 

なるほどね〜

 

上の書には

 

『信じると言う事は相手への期待ではない。

自分への決意なのさ。』

 

と書いてありました。

 

おおおお〜もっともっと、なるほどね。

 

そしたら、今日のクライアントで

『私の事を好きだって言って、私の気を引くのに一生懸命でいたのに、私が彼の事を好きになったら、なんだか態度がおかしくなって。そして、今日の彼が開いたパーティーに、私は呼ばれなかったの。なんでか良く分からない』って言っていました。

 

経絡を調べたら『悲しみ』よりも、『怒り』で反応。

怒ってるみたいよって言ったら、『そうよ、だってこんな事ある?』って。

 

そして、

『彼の事は抜きにして、自分が理想とする相手ってどんな相手?』と聞くと

 

『コミットメントする人』って。

 

私も昔はそう思っていた。コミットメントをする人ではないと、浮気をされて嫌だって。私との関係に従事してくれる人じゃないと、なんだか大切にされていない気がしていた。

 

でも、コミットメント(関わる事への責任や義務)を前提にすると、「無常」と言う真理を無視して、相手に対して期待して予想する事を常にしてしまう。つまり、怒り爆発、不満爆発になってしまうんだ〜って。

 

信じる事っていうのは、相手に期待して、こうしてくれるだろうと予想する事ではなくて、

自分に対してだけ使う言葉なんだろうなってセッションを通して思ったのです。

 

自分に対して、こうでありたいって信じる事をすれば、きっと問題は複雑化せずに怒りや不満という感情でぶれずにちゃんと物事を見れるのではないかと。

 

自分が思っている事を信じれば、あの人がこういった、あの人があれをしてきた、という期待を裏切られた感に時間を費やす事無く、今自分が何をするべきなのか見えてくるんだと。

 

相手に期待しないと言うのは、無情な感じがするけど、相手がこうするわけは無いなんていう他人の行動を予想していること自体無理な話なんやないかいね?って思うわけです。それこそ、図々しいのかもしれん。

 

怒ると、顔にしわは出来るし、顎が固くなって沢山食べる様になっちゃうし、肝臓悪くするし、胃は痛くなるし、身体は固くなるし、肩は上がって怒り肩になるし、感情を乱される他に、もれなくもっと自分の体を痛める様な事がついてくる。

 

信じる事は自分へ、そして無常の真理を理解していれば、もっと自分が楽に生きられるのではないか?と、そんな事をクライアントを通じて思いました。

 

思っただけで、出来るんかいね〜

まあそう思えただけでも、一歩成長とするか。

 

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