シーソーの法則

アマゾン:シーソーの法則
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シーソーの法則という本をかなちゃんから、借りました。ざっと話すと、

企業をしていた男の人が依存型でネガティブの妻と喧嘩をして会社に行くと、倒産の危機に直面して、そして、悩んでいると病院から検診の結果で癌の陰という事を告知される。そこでたまたま会ったヒーラー/カウンセラーの人に、このシーソーの法則の様な物を教えられる。そして、自分が自立ポジティブが強くなればなるほど、パートナーである妻がそのシーソーのバランスを取ろうとして逆のネガティブ依存型が強くなって行くのだと。

 

確かに、今までうまく行かなくなったときと言うのは、自分がポジティブで自立しようとすると、相手がネガティブで依存して来て、もうこんなネガティブな人に付き合っていられない!なんて思った事だった気がします。このシーソーを考えると、私自身がもっと頼ったり、弱みを見せたりする方が良かったんだろうな〜って。

 

その他に、

 

もっと詳しい話は本を読んで頂きたく思いますが、一番心に来たのは、『ポジティブ信仰の副作用』って言う点です。

 

私自身も、ポジティブ信仰の一人だったのでこの本を読んで大きく納得しました。『頑張らなくちゃ〜』とか『完全燃焼!』なんて事を日常茶飯事考えていました。頑張ればなんとかなる。頑張らない人間は腐っている(怠けている)。

 

でも、その信仰を信じれば信じる程、しんどくなって行きました。

 

一生懸命に頑張って達成した時、

 

その達成した瞬間に感じる事は『やった〜』ではなく

『ほっとした』という気持ち。

 

そして、また頑張らなくては行けない時間が始まると言う恐怖心。

走り続けるモルモットのように、いつまで頑張らなければいけないんだろう??って言う思いから、プツンと切れて何もしたくなくなってしまう時がたまに来ていました。

 

失敗したって良いんだよって言うのは、プライベートや学校にいる時に使うのであって、仕事をしてお金をもらっている以上、失敗なんて言葉はあってはならないと思っていました。

 

だから、いつも一生懸命に頑張らないと行けない。

一度認められたからと言って、次に認められるとは限らない、だからいつも頑張らないと行けない。そんな心境。そして、仕事から帰って来るとぐったりして、次の日が来るのが怖くて、そして、夜中にも関わらず眠れなくて、、、、って言う日が日本にいた時に、よくありました。

 

そして、ロスに移住してから仕事は皮膚がグズグズだった為、なんとかピラティスを教えて、帰って来たらもう体中が言う事を聞かないのでソファーで寝ていると言う毎日。とにかく寝続けました。その中で私の思いは、『自立でポジティブな私でいたいのに、なんでこんな風にずっと身体が動けずに寝てばかりいるんだろう』って言う罪悪感でした。

 

寝れない事で一生懸命やっている徒労感、

そして、

寝れている時には一生懸命やれていない罪悪感。

 

そんな矛盾したどこにも行けない袋小路の精神状態。

つまり、そこに解答は無いと言う事。考え方を改めないと行けない所にきていました。そして、キネシオロジに出会い、最近このシーソーの本を読んで、私のポジティブ自立信仰が自分を苦しめていたのだと気付きました。

 

キネシオロジは自分の天賦の才能を教えてくれて、自分が心から喜んでできる仕事や生き甲斐と言える社会への貢献を探す事を助けてくれるツールだと。

 

そうすると、何の変化が起こったかと言うと

自分がやりたい事がどう社会につながっているのかと言うのを知る事で自分の仕事の矛先が見えて来る。

 

そうすると、

今やっている事が失敗する事も楽しみになって来る。だって、失敗が次の成功につながるって見えて来るから。失敗が出来るだけ出て来てくれた方が良いなんてすら思えて来る。と言うよりも、失敗ではなく、もっとより良くなる方法なんて事に言葉を変えたり出来ちゃう。

 

一生懸命にやっていたときは、きっと自分がどこにつながって行くのか見えていなかったんだと。自分の天賦の才能がどう生かされているのかも分からなかったんだと。

 

そしたら、こんな一節を読みました。

『一生懸命にやる、、、と言うのは、恐怖心や不安から出ている言葉である。でも、真剣にやると言うのは、自分の魂が没頭している事を言う。そこに恐怖や不安と言うその他の感情が無い。人は一生懸命にやり始めた時に物事はうまく行かなくなり始める』

 

一生懸命や真剣と言う言葉の真意は分かりませんが、でも、なんとなく分かるなあと読んでいて思ったのです。

 

私は一生懸命でした。それが美徳でもありましたし。でもどこに向かって進んでいるのか分かっていなかったのです。だから、そこにおける単発的に思えた結果に翻弄されて、息切れをいつもしていました。

 

小学生の時に4年生からマラソン大会と言う物の存在におびえ始めました。自分がマラソン大会で1位を取らないと行けないという気持ちに襲われました。いつも12月にあるマラソン大会を夏の8月に思い出しては、怖がってました。だから、毎朝ジョギングを自分で1年中してマラソン大会や陸上記録会に備えていました。恐怖心や不安から一生懸命に走っていました。はしってもはしっても不安が消える事はなかったです。そしてまた明日の朝は知らないと行けないって言う不安で夜布団に入っていたのを覚えています。1位を取って嬉しいと言うよりも、ホッとしたという気持ちの方が大きかったのも覚えています。そこに「真剣に走る」と言う言葉はなんとなく当てはまらないですね。「一生懸命に走る」と言う表現の方がぴったりと当てはまります。

 

こんな思考パターンを小学生のときから、大人になるまでやっていたのだから、どれだけ気持ちがすり切れていたか。。。って言う事ですよね。

 

しかも成績表がないので、自分がよりどころにするのは、仕事相手の評価だったりする。つまり当てにならない人の評価に頼るなんて人生を振り回されっぱなしになってしまう。

 

ポジティブで自立していようとすればする程、こんな負のスパイラルにハマっているのか〜と客観的に読みました。

大切なのは、ポジティブで自立する事ではなく、ポジティブーネガティブ、自立と依存の全部をかね備えた不完全な自分が何をして自分の特徴を使いながら社会と関わって行く事を考えられる事なんかいな。。。。と本を読んでいて思いました。

 

 

ポジティブ信仰に、はまっていますか?

 

 

 

 

 

 

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Comments: 3
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