日本でよく見た頑張るOL

日本で東京やら名古屋やら色々な所に移動しましたが、その時によく見た光景が女性のOLさん達が電車の中で居眠りをしている所でした。

 

電車の揺れに会わせてぐらぐらと揺れながら、絶妙なバランスで座位を保つ姿勢を見て、あっぱれという感じでした。

 

そう言えば私も脇目もふらずに、口をあんぐり開けながら電車に座って移動していたっけな〜って思いながら、微笑ましく見ていました。『女性なのにだらしない』とか『みっともない』とかいう方もいるでしょうが、私はそこまで頑張っているのだよ、日本の働く人々は!って思ってだらしないとか思いませんでした。

 

どうしてそこまで頑張るの?と言われても頑張ってしまう女性。

そんな光景を目にしながら、NYへ飛びました。

 

そして、先日NYで受講したクラスの中で一人の生徒が

 

『面倒くさいというのは、完璧主義の人が、完璧に出来ないからそれが嫌で面倒くさくなるんだと思う。だから、めんどくさいというのは、ナマケモノなんではなくて、完璧主義者なのかもしれない』と。

 

ハッとしました。

本当にそう。

 

そのクラスの中で、ジョハリの窓というのを学びました。

大学時代の心理学で習ったな〜ッて思いだしながら、4つの窓について考えました。自分が知っている自分、他人が知っている自分、自分も他人も知っている自分、そして誰も知らない自分。

その4つの窓の事をジョハリの窓というようです。

 

私は、自分が知らない窓が沢山ありました。

一つは『気を使う』という事でした。

 

家族にも友達にも『本当に気を使い過ぎだよ』ッて言われました。でも私には、『え??こんなズボラな私が?』っていつも言われる度に思っていたので『この人達は本当の私を知らないんだ。何を見て、私が気を使っているというのか知らんが。。。』ッて思って、あまりその言葉を真摯に受け止めていませんでした。

 

でも、完璧主義者がめんどくさがりにもなりうるというのを聞いて、ハッとしました。

私は、ずぼらだって自分で分かっているから、それではあかん!ッて思って、人一倍に気を使わないと行けないと思っていました。

 

ダンスでも先輩に『あなたが、高校教師なんて信じられないわ』なんて言われたこともありましたし、『もっとちゃんとしなさい!』って母によく言われました。

 

そして気を使っているうちに、ズボラな私が私なのか、気を使っている私が私なのか、何が本当の私か分からなくなって来ました。

 

キネシのクラスを受けている時に、

 

『自分がダメだと思っている部分を頑張って直そうとしていると、その自分がダメだと思う部分と同じ性格を持った人を見るとイライラする。』

 

というテーマを出した人が居ました。

 

彼女は

『私は、片付けが出来ないから、家中にラベルを付けて、ここにはフォーク、ここにはハサミ、ここには雑誌ッて決めているのに、旦那はいつも全てのものをうっちゃらかしにしている。もうそれがストレスで!!!』

 

って言っていました。

でも結局は、彼女が

『こんなに片付けが出来ないのを頑張っているのに、片付けが出来ない人がそばにいるのは許せない!!!』

 

という自分が問題なんですよね。その片付けが出来ない人が問題なのではなく。

 

自分がイライラしている事を見直してみると、結局自分が持っている性質でありながら、それを『悪』としている事によるのかもしれませんね。

 

なんだか言っている事が伝わりましたでしょうか??

 

まあ、私たちはみんな頑張っとるっちゅー事です。