Can you~?

Can you~?って、英語の教科書では、『〜できますか?』って訳すと習いました?また、もう少し翻訳を日本語に近くすると『〜してくれない?』とかになるんですよね。

 

これって、私の常識の中では間違った訳し方と言うか、間違った日米間の考え方なんだと思いました。

 

普段、

母に『ねえ、ちょっとあれ取ってくれる?』って言うと

 

『うん、いいよ』

って返事をします。

 

父に、『これ直す事出来るかな?』って聞くと、黙ってちゃんと次の日には直っている事がほとんどでした。

 

唯一断られる時は、姉とか兄弟に『嫌だよ』ッて言われるぐらいでした。そう言うときは、本当に出来ないのではなくて、意地悪で嫌だッて言われているのだって、どこかで学んでいました。

 

 

つまり

『〜できる?』とか『〜してくれない?』ッて聞かれたとき

『嫌だ(NO)』ッて返答する事は皆無でした。

 

逆にノーと言う事は意地悪な感じで、相手に優しくない気がしました。

 

だから、今でも『〜してくれない?』ッて聞かれると、

『カレー味のうんちを食べてくれない?』ッて聞かれる以外は

『いいよ』って答える事が当たり前でした

 

答えるのが当たり前になっていると、

当然、相手に『〜してくれる?』ってお願いする時には相手が『嫌だ』ッて言う事がないと、どこかで思っているんです。

 

ほとんど、ノーを言う事も言われる事もなかったですが、

それでも、たまにノーと言われると

 

『ちぇっ。これ位してくれてもいいじゃんよ〜』

 

ッて思う事もありました。

 

『〜出来る?』という質問は、当然私が優しさとともにするべき事とあまりにも当然だと思いすぎていて、この『〜出来る?』に苦しんでいることにも気付かなかったです。

 

だけど、

『Can you take a guy who has hip replacement on Monday at 3;15p.m.?(月曜の3時15分に股関節の手術をした人にピラティスを教えてくれないかしら?)』

 

と言われたんですね。

 

その時に、もう私のスケジュール的には沢山入っていて、これ以上人を取ったらしんどいなあ〜っていう感じだったのですが、それでも、頼まれているし。。。ッて思って、オッケーを出したのです。

 

その為に他のスケジュール調整もしたのに、後日『やっぱり水曜日になったから良いわ』っていうサラリとしたメイルが来て、『え〜!?』って引いた訳です。

 

でも、その話を友達にすると大抵

『それはいず美が悪いわ。』って何の支持も得られませんでした。

 

『え〜。断ったら可哀想だと思って、オッケーを出したのに』って言うんですけど、それでも私が悪いと。

この私の親切心はどうして受け入れてもらえないのか?って

トコトン突き詰めて行くと

 

『いず美は、Can you~?って聞かれたんでしょ?その時に、あなたは、質問されたのではなく、強制的な命令に聞こえているのね。 Can you~?はあくまでも Can you~?という質問文であって、もっと軽く考えて良いのに』

 

と。

 

確かに。。。。

 

出来る?ッて聞かれて、やる事が厳しかったら出来ないッて言えば良いのに、出来ないッて言う事を不親切だと思っている。出来ないッて言う事をお姉ちゃんやお兄ちゃんがした事の様に意地悪な事だと思っているので、どんなに大変でもなんとかやろうとしちゃう。

 

もっと言葉通りに会話を聞けば良いのに。。。。って。

 

『「結構長い間だから、スケジュールを調整しないと無理かもしれない」ッて言えば、相手だってあなたの状況を理解しただろうし。そう言う事を言わないのを美徳としているかもしれないけど、それがあなたにストレスをもたらしている時点で、美徳ではないのよ』

 

うむむ。。。確かに。

 

これからはCan you~?って聞かれたら、今まで見たいに自動的に私がやるべき事なんだッて思い込むのではなく、私が本当にハンドル出来るのかどうかを先ず考える様にしよ〜って思ったんです。

 

この考え方が出来たら、相手が出来ないッて言った時にも『この人意地悪〜』なんてとんちんかんに思わず、他の方法を探す事に集中出来て、そこに執着がなくなりますもんね。