2013 April Newsletter

 

4)未亡人脱出しちゃいました。

前回の手紙を書いた件(まだ読んでいない人はクリック!)の続きです。
前回のニュースレターの後、私は手紙を書きました。
でも、エゴという物はこういう風にして私のヒーリングを邪魔するのか!!!と思う程
手紙を書き始めようとすると、なんか部屋を掃除したくなったり(逃避)、なんか胃がムカムカして来たり(身体反応)
色々な理由を付けて延期しました。
心の奥底では、この手紙で自分が何かしらの変化を遂げると分かっているけど、
でも現実の自分はウロウロと横道に逸れるのです。
へーこれが、エゴの罠ね。
人間て(ちょっと話が大きすぎ?)
それがどんなに良い変化だと分かっていても、
そこにある黒い渦巻いた「心のうんち」と向き合う必要がある場合、
良い変化よりも、なんとなく対処してきた嫌な現状にとどまる事を望む
ものなのね〜
なんて、デスクの上に置いた便せんを横目に見ながら、せっせとトイレ掃除をしましたよ。
では、Dr.パットに言われた今回の心のうんちの出し方をシェアします。
手紙の内容は以下の段落に沿って書く様にとの指示でした。
第一段落:相手の何が好きだったか
第二段落:相手の何で傷ついたか
第三段落:自分がこれから出会う人に要らない物は何か
第四段落:自分がこれから出会う人に望む物は何か
第五段落:相手に感謝の気持ちとさようなら
これを初めに言われた時、ふふん、そんなの簡単よって思っていました。
でも、第一段落を書こうとすると、じぇんじぇ〜ん筆が進まない。
相手の好きな所が何も無い???
そうではなく、沢山ありすぎて、その事実に絶句し、困惑をしたんです。
あんな仕打ちをしたあいつの事を好きだと認める事が、くやしゅうてくやしゅうて。。。。。(ハンカチを噛む)
って言うアレです。
そんな自分を認めたくない、書きたくない、
そんな思いが強くて、トイレ掃除をしたり、ボリボリと食べてみたり、ネットサーフィンをしたり、鏡の前で踊ってみたり、必要ないのに文房具を買いに行ってみたり。
でも、以前にIHのデモンストレーションで変化したのを見た翌日(ブログクリック
私も復活してみようか。。。。
そう、ふと思えたのです。
キリストの復活祭という私には関係のないイベントにちょっと乗っかってみようか。。。と思って、
その日曜日3月31日にようやく重い腰をあげて向き合う事にしました。
自分を踏みにじった人に、まだ好きな部分があるなんて、そんな「惨めな事をしたくない」という私のエゴを脇に置いておいて
私はディズニーパレードの曲をヘッドフォンで聞きトランス状態に入りながら、とにかく自分の素直で正直な気持ちと向き合う事にしてみました。
第一段落の相手の好きな部分を書いて認めると、そう言えば、自分てこんな人が好きだったんだな〜と客観的に見えて来ました。
ナスが好きだったけど、食べ過ぎてゲロッちゃったら、次からナスが大嫌いになる。。。。
そんな心理と同じで、
本来は自分の好きなタイプなのに、むっちゃ傷つけられたから、自分の好きなタイプの人間を嫌いになる。
そうしたら、どんな人が好きだったか分からなくなってしまった。。。。
ただ、手紙を書いているうちに、相手のどんな所が自分とあっていたのか、好きだったのか。
嘘をつかれた事は良くなかったけど、自分が好きだったタイプを全否定する事もないんじゃないか???と気付いて来たんですね。
そして、第二段落は相手の何で傷ついたのか。。。。
これは、ゲロッちゃいましたね。
何が嫌だったかなんて思いだすこと自体、ネガティブに感じていましたし、そんな過去の事を今更言ってどうするんさっていうガチガチの表面的ポジティブ思想により、封印して来た思い出は、かなりの汚臭を醸し出しました。
結局は、正直に言うと自分が惨めだった事を認めたくなかった。
そして、相手に自分が伝えられなくて飲み込んだ言葉、飲み込んだ感情、無視した感情がどろどろとヘドロの様に出て来ました。(おそろしや、おそろしや)
なぜ、私は伝えられなかったか?
もう自分がこれ以上惨めになる事が私には耐えられなかったんですよね。
それがその当時の私に出来る唯一の抵抗であり、少しでも残った最後のプライドだった気がします。
書きながら、あまりにも惨めで、それと同時にそんな自分という人間が客観的に可哀想で、泣けて来ました。
私は明らかに彼との事で自尊心という物を粉々にしてしまったのだと改めて実感しました。
第二段落で汚物を出した頃、第三段落と第四段落は結構楽に書き始める事が出来ました。
自分が彼とのその経験を通じて、何を捨て、何を手元に残すのかが明確になった気がします。
今までは、彼と関わる事全てに対して真っ向から全否定して来ましたから。
彼と同じ様な話し方をする人、彼と同じ様なユーモアのセンスを持つ人、彼と同じ様な声の人、彼と同じ様な手の形の人、彼と同じ車に乗っている人、などなど。
ぷはー未亡人ですな。
彼の全てを否定するのではなく、彼の中で自分にとって良かった事、彼との経験によって自分に必要ではなくなったものが分かると、
『彼』自体が問題ではなくなってきました。
彼との経験を通じて、自分のことをもっと知る事になったんです。
私って、何が好きで何が嫌いか。
そして、手紙の第五段落に来た時、驚きました。
よく言われる『許す』とか『過去を手放す』とか。よくヒーリングに出て来る言葉。
頭では分かっているけど、全然身体の奥底ではそんな言葉に納得していない。
勿論、許すことが出来たらどんなに楽かと思う。そんなのは分かっているのだよ。
でも、出来ないのだよ
私のプライドが邪魔をして、そんな事を出来る程、心の器が大きくないんだよ。
だって、また同じような人に傷つけられたらどうするの?
また、裏切られたらどうするの??
また、心がボロボロになったらどうするの?
次はもう立ちあがって浮上するパワーは無いと思うよ。
だから、許す事なんて手放すなんて、、、そんな事を言うのは、あの地獄の中どうにかして生き延びて這い上がってきた私には酷な話なんですよ。
そんな自問自答。許したいし手放したいけど、出来ない。
そんな私の中で折り合いがついた言葉は『あんたのこと、許してあげるけど、また人としてあんたを信用するほど私は馬鹿じゃないから』って言う、まあ何とも卑屈な私でした。
それが当時のギリギリ、受け入れられる私の譲歩。
でも、そんな卑屈で心がぶっさいくで、心に黒いうんちがドグロを巻いてたまっていた便秘な私が手紙を書いているうちに
ずるりと出ちゃったんですね。
第五段落を書いている間に
この人に会えて良かった。ありがたーい。。。。この人に会えなかったら、私はきっと感謝をするという事を知らなかったんだなって。
そう思える様になっていました。
神々しい感じで。たらーん
陰陽のマーク知っています?
あの意味が昔は『???』って感じだったんですよ。
でも、今なら分かるんですよね。
私は、彼によって陰の部分を明確に知りました。前も知っていたけど、そんなの比ではないです。
ねたみ、そねみ、不幸、イライラ、嫉妬、裏切り、嘘、悪質、自己猜疑心、自己否定 などなど
でも、それを知ったから、これからはその逆の陽の光を理解出来る様になったんです。
でも、私がここまで長引いたのは、その感情を封印してダメな物だと決めつけて見ない様にしてきたんですね。見る勇気もありませんでした。
『自分がそんな事を感じる人間であろうはずが無い!』と目を背けた時点で、真実が見えなくなり、こーんなに長くかかっちゃいました。
随分と遠回りしたけど、
頭が悪くて、善人でいたくて、いつも正しい人でありたくて、傷つきやすい私にはちょうど良かったのかもしれない。
だから『ズーミー偉いね』『頑張っているね』『よくやったね』
っていくら褒められても、私は本当は自分の中のドロドロしたものを知っているからその声が聞こえてこない。
そして、得意の『私は自分に自信が有りません』になっちゃう。
さて、Dr.パットに読んだのは書き終わってから2週間も経っていたので、読む事も大丈夫だろう位に思っていました。
でも、その手紙をDr.パットの前で読む時に、またもや嗚咽。
『まだ、この件に関して涙が出てくるもんだ。』
と呆れながらも読み終えました。
終わると部屋中に拍手喝采が起こりました。
そして、Dr.パットが
『この手紙を聴いて、自分もこの感情を知っていると思った人は?』
と、部屋にいる女性に聴きました。
すると、全員が手を挙げました。
こんなにも私と同じ経験をして傷ついている女性がいるのだと、改めて気付かされました。
『よくやったわね』とDr.パットに言われて、その日のセッションは終わりました。
翌週のグループセッションで、私は次のレイヤーに入りましたよ。ほい。
まあ、とりあえず未亡人脱出です。
今度彼にばったり会ったら、もうオエーって言わないな。
多分『よ!』って言う自分が想像出来る。
そして、心の中であなたのおかげで私、自分をもっと知る事が出来たよ!ありがとう!!!
って言える。
そんな経験でした。
自分の汚い部分と見つめ合ったら、
その後、『私ってずるいんです』とか『私、こんな嫌なやつなんです』と言って自分の闇と向かい合う方のセッションで増えました。
いいじゃない?それと向き合っただけ、認めた勇気、すごいじゃん〜って。
でも、それだけが全てではない。嫌な部分もあるけど、それと同じ分だけいい部分もあるしね。
嫌な部分は、多分その時に単純に『ラブを欲していただけ』なんです。
そう、ラブ注〜入(もうすでに古いか?!)♡
キネシとヤムナボディーローリングで、ラブ注入(しつこい?)をしたく思うのであります。
今回も長〜い文章を読んで頂きありがとうございました。